栂池カップ(平成1824-5日)

事の発端は夏のある日に大昔の友人の澁谷さんがレゼールにひょっこり顔を出したことから始まった。彼は昔から栂池スキー場でカウベルというレストランというか飲み屋さんをやっている。ゴンドラ乗り場の直ぐ横の一等地で、赤土は大昔このカウベルが掘っ立て小屋に近かったころスキーパトロールを11年間やっており、ちょくちょく飲みにいっては大酒飲んで渋谷さんの頭を締め上げていたらしい。(本人は全然覚えていないので)

しかもへべれけになってスキー場を歩いて戻れないときはカウベルの蚕棚(ほんとにそんな感じの従業員用寝床)に泊めてもらっていた。

なんだかんだと昔話に花が咲きこちらもスノーカイトという新しい遊びがあるといったら“それ、おもしろいな~一度 観光協会に話してみようか~”との返答。とりあえずスノーカイトのDVDだけ渡す。

あまり本気にせずにほっといたらしばらくして“寄り合いで話したら一回話を聞いてみたいってさ~”ということで嫁さんと愛犬のリナを連れて栂池へ。

観光協会の専務の久志さんと雪のないスキー場へ。とりあえずトレーニングカイトを上げてみる。まずは鐘の鳴る丘へ車で上がり順次チェックして最終的にハンの木コースのエデン前が風も安定していて広いのでそこでやることに仮決定した。その後も幾度か足を運び紆余曲折はあったものの何とか大会にこぎつけた。

初日はかなりのパウダーでたまらず従業員と一緒にでゴンドラ乗車。そこからひと滑りして本部設営へ。ゴンドラで不思議なもの発見。よく見るとカーネルさんが怒ってる。

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北陸高速道路での事故もあり開会式に遅れる人も合ったがなんだかんだで30名の参加があった。パーティーも38名の参加。例によってマンボスタイルなので条件がいいときに出艇してパフォーマンスを見せる。疲れたら戻ってお休みといったパターンである。初日はたまに吹雪になり結構寒い。もしこれがセルフジャッジ形式でなく通常の形式だったらずーっとジャッジは座っていなければならず、しかも選手もわずか数分の出番のために待っていなければならず楽しいはずのスノーカイトが全然楽しくなくなってしまう。我ながらこの形式は非常に良かったなと思う。

A0096最初にカイトを上げたのはX-FLYのメンバーさすがにスノーカイトに慣れている。初日は雪の上がはじめての参加者は勝手が違うのか寒すぎるのかはたまた周期的に集団で降りてくるスキー、スノーボードの人たちに恐れをなしたのか、さほどすごいパホーマンスは見れなかった。

その夜は救急法の講習会B0039の後パーティー。澁谷さんも得意のケバブに腕を揮い楽しく歓談、おなかも膨れてしっかり飲んだところで抽選会となりほぼ全員に賞品が当たった。

B00622日目は寒いながらも晴天で、皆なれてきたのか思いっきりのいい技がA0312飛び出す。A0298C0061

A0325天気もいいこともありロッジからは選手のパフォーマンスのたびに”おーー“という歓声が起きていた。また観光協会のメンバーの方、スキー場の関係者の方、果ては韓国のリゾートを作る視察の方まで見学にこられていた。これが日本のスキー場の一般的な姿だと思われたらちょっと困るのだが。ただ始めてスキー場でスノーカイトの大会が行われたという歴史的瞬間に誰もが居合わせ、それに参加し、目の当たりにしていたことは間違いない。

確かに週末の日本で最も賑うスキー場での大会はかなりの冒険であった。それを快く許していただけた栂池観光協会、栂池観光開発㈱、白馬観光開発㈱、㈱白馬館、栂池スキーパトロールの皆様に深く感謝いたします。

栂池カップ実行委員会 赤土正剛

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